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消された広島の黄幡信仰、第14報。安芸郡府中町の黄幡神社跡と多家神社の関係
2021年9月30日に黄幡神社跡(広島県安芸郡府中町宮の町4丁目)に着いたときは、日没の直前でした。同町5丁目の松崎八幡宮跡に着いた時は、薄暗くなっていました。
神武天皇が九州から大和(奈良県)に移動する途中の7年間を、(現在の)安芸郡府中町で過ごしたと、古事記には記録されています。その場所をめぐって、江戸時代中期から、松崎八幡宮と総社が、「本家争い」を繰り広げました。江戸時代の皇室の「予算」では、地方の神社を統制することはできませんでした。明治7年(1874年)に、両者を統合して、多家神社となりました。黄幡神社は、明治44年(1911年)に多家神社に合祀されました。現在の黄幡神社は、石碑だけが残っています。
府中町公式サイトトップページ > 組織でさがす > 社会教育課 > ふるさと歴史散歩 第181回~第184回 > 第184回 松崎八幡宮と総社の争論 その9(平成31年4月号より)
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